ぼくがクロアチアに旅に出た理由

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2015年内には書いておきたかったこと。
10月の有給消化期間にクロアチアにいってきた。
みんな驚くのはなんであえてクロアチアなの?という聞かれた回数。

このあたりを少し話しておく。
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バックパッカーの憧れの地。

昔からバックパッカーの話を聞くのが好きだった。
世界を彷徨った遊牧民は客人を丁重にもてなし、旅人から外の世界の話を聞いていた、という風習もある。

私も世界を旅行したヒトたちに絶対行くべき国は?と必ず尋ねることにしている。
そうするとヨーロッパでは必ずプラハ、そしてドゥブロヴニクがあがってくる。
 マイ・フェア・レディなどで有名な英国のかの劇作家バーナードショウが
ドブロブニクを見ずして天国を語ることなかれ」と言ったとか。

いつの間にか、自分の中でもいつか行くべき国ランキング上位になっていた。
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世界で最も自由を尊ぶ都市、ドゥブロヴニク


クロアチアといえばK-1初代チャンピオン、石の拳ブランコ・シカティックやミルコクロコップを輩出した格闘王国
その土台にはセルビア紛争がある。
隣国ボスニアでは橋を隔てた隣町の友人が翌日から敵同士になるような戦争がたった20年前に行われていた。
そしてクロアチアでは古代からの自由都市ラクサの歴史を持つドゥブロヴニクは降伏を拒否したことにより攻撃の対象になった。
古代要塞の城壁に立て籠もり、現代の戦艦からの砲撃に耐えるなんて考えられるモノではない。
その自由都市の城壁にはこう刻まれている
「どんなに黄金を積まれても自由を売り渡してはならない」
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本当にこの文字を見るためにドゥブロヴニクにきました。
ヨーロッパの中でも自由を決して手放さなかったヒトたちの歴史がここにあった。

クロアチアってどんなところ?


クロアチアはヒトも優しく旅人に優しい国でした。
そして若い人たちが元気!
一晩中若い人たちが街を歩き、遊んでいた。
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クロアチアは難民問題でトルコからハンガリーへの通り道でもあり、また戦争の歴史を知る国民であり、自由の対価を身にしみている。

だからこそヨーロッパの歴史を理解しつつ、若い活気に満ちている。

レンタカーでザグレブからドゥブロヴニクまで縦断したけど、東洋人のほとんどが日本人バスツアーだった。
ありきたりのヨーロッパの都市に行くよりクロアチアは一度は行くべき場所としてオススメいたします!
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